高島史於 プロフィール
高島 史於(たかしま ふみお)
写真家
日本舞台写真家協会会員
日本ベトナム友好協会常任理事
1948年 | 東京に生まれる |
1966年 | 日本大学芸術学部写真学科入学 |
1968年 | 写真作家集団「状況の眼」を、学友:伊豫本一生、紀藤裕輔と設立。 3年次にアーティスト集団「ドゥーハウス」を設立し大学を中退。 渋谷に 小劇場「スペース・ラブ・ヘアー」を運営し、演劇、ダンス公演、写真展、美術展などを企画プロデュースする。 |
1970年 | 吉田拓郎と広島フォーク村、ファーストLPアルバム(フュチャーズ・サービス発行) 「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」のレコード・ジャケットに、撮影「状況の眼」日大闘争の写真が7頁、掲載される。 |
「映像作家集団ハイロ(816)」設立に参加。8m/mと16m/m の個人映画上映会、ハイロ・シネマ・フェストを開催。 | |
1971年 | ドゥーハウスを株式会社とし、アート活動の他に広告制作などを行う。 共同石油(現ジャパンエナジー)第3京浜入口ガソリンスタンドを共同デザインする。 |
1972年 | 写真小冊子「状況の眼」出版。 |
1974年 | 「現代作家100人展」で知り合った、秋山祐徳太子氏のダリコ・ハプニングパフォーマンスのドキュメンタリー映画を、千葉の海岸で撮影。 |
1975年 | 「ナンシー演劇祭」「レンヌ伝統演劇祭」「パリとロンドンのダンスと演劇」を取材し、雑誌に発表。 |
1982年 | 第1回利賀フェスティバルを取材し、雑誌に発表。 |
1983年 | ドイツ人演出家ヴォルフラム・メーリング氏と写真集「マスク・ブリューレ」出版 セザール・ランシリオ社刊 |
1984年 | 「日本の写真」ドイツ・ハンブルグ工芸館写真展 及び写真集出版 デュモンフォト社刊 |
1988年 | 「日本舞台写真家協会」設立に参加 |
1991年~97年 | 毎年ジャマイカに通い、ボブ・マーリィ夫人リタをはじめ、アイ・スリー他、多くのレゲエ・アーティスト(96人)とフォトセッションを行い、CDジャケットやコンサート・ポスター、雑誌に発表 |
1992年 | フォト・エッセイ「世界の人々・生活」を、(株)教育開発研究所月刊誌「ark」に連載。 雑誌「アサヒグラフ」「コスモポリタン」「音楽芸術」などの取材を行う。 |
1994年 | 海外取材フォト・エッセイ「Visitors」を、月刊誌NOVA Stationに連載(12回) |
長野延吏子作品写真集「エレメント」出版。 | |
1994年~ | 海外取材に取り組み、写真とテキストで誌面を構成し、この25年間に151回の海外取材を通し、各国の人々の生活と自然をテーマとして、雑誌に発表。 現在は下記の雑誌を中心にフォト・レポートやフォト・エッセイを発表している ☆ JTBゴールドカード会員誌「トラベル&ライフ」 ☆ JALエグゼクティブクラス機内誌「アゴラ」 |
1996年~ | ギャラリー、マキイマサル・ファインアーツをプロデュース |
2001年 | 「日本の現代ジュエリー展」に長野延吏子作品写真を発表。作品集の表紙を飾る。 英国・ロンドン クラフト・カウンシルにて |
フォト・エッセイ「この風景に魅せられて」を、JCBカード会員誌カードエイジに連載 | |
2005年~09年 | 新横浜テュフ・ラインランド・ギャラリーをプロデュース。 |
2005年 | フォト・エッセイ「地球深呼吸」を、NPO法人日本ケアフィットサービス協会月刊誌じぇろに連載。 |
「元気プーケット写真展」東京駅八重洲地下街メインプロムナードにて。 津波被災後のプーケットを取材した報道陣24人の写真展をプロデュース。 |
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2009年 | 韓国・仁川広域市「訪問の年2009」の広報大使に任命され、1年を通して観光プロモーションの手伝いをする。東京と射水市にて写真展開催。 |
2010年 | 3回目の成人式。還暦を祝して女房とベトナムを63日間かけて南北縦断。中年バックパッカーの旅をする。 |
2012年 | 写真展「3×20の旅 ベトナム縦断63日間、バックパッカーの旅」開催。新宿エプサイトにて。 |
2013年~ | フォト・エッセイ「美ェトナム」を、日本ベトナム友好協会月刊新聞に連載。 |
2014年~ | フォト・エッセイ「センチメートル・ジャーニー」を、公益財団法人日本ケアフィット共育機構発行フリーペーパー「紲」誌に連載。 |
2019年 | 高島史於写真集「舞&禅」(株)じゃこめてい出版より発行 |